トップページ目次無職男の優雅な生活 3

第3節 夫、成田

カオリは夕食をテーブルの上に並べた。
夫の成田は黙々と食べ、箸休めにビールを胃に流し込んだ。

 

「今日はいつもより少し豪勢な気がするな」
台所に立つカオリに聞こえるよう声を張った。

 

「そうかしら」

 

「うん。声も弾でいる気がする」

 

「ふーん。気分屋なところが私にもあるのかも」

 

「そうかい。で、もうだいぶんだな。・・・今晩あたりどうだい」

 

「うん、何かそんな気分には、まだなれないの」
カオリはそう言い残し、そのまま自室へと入った。

 

成田とカオリは寝室を別々にしている。
2年程前、成田が仕事の鬼と化している頃、集中したい時期だからと、彼自身からの申し出で部屋を別にした。

 

仕事が落ち着き出した頃、成田は再び寝室を一緒にすることを申し出たが、カオリは「距離感っていいものね」と言って今のままきている。
その期間、夜の営みはない。

 

(やれやれ、ここへ越してからも同じ屋根の下での別居状態は続きそうだな)
成田は空になったコップを眺め、溜息をつきながら席を立った。
ビールと何かつまめるものがないか冷蔵庫を開ける。

 

「なんだ、この食料は?」

 

冷蔵庫内にぎゅうぎゅうに押し込められた1.5倍増しの食料を見て唖然とした。

 

 

お昼、サラリーマンが午前中の疲れを癒すべく昼食に奔走する頃、滝間は蕎麦屋の暖簾をくぐる。
いつものカウンターに座り、店主に「いつもの」と注文する。
指で台を擦ると、埃が付いていないのを確認し、出された御絞りでその指を拭く。

 

しばらく目をつむり瞑想に耽っていると、コトっと蕎麦が台に置かれる音がした。
滝間は手を合わせ、出された蕎麦を孤高にすすっていると、後ろのテーブル席が騒ぎ出した。

 

「リーマンってのはよ、ほんっと会社の飼い犬だよな。こうして外食するのも上司の機嫌取ってからでないと出られないんだからな」

 

後輩二人を引き連れ会社の愚痴か・・・
滝間はほくそ笑んだ。

 

「しかしよ。無職なんかよりはマシだな。宝くじ当たっても会社にゃ勤めておきたいよな」

 

「そうっスよ。世の中どうなるか分かんないですよ。定年でもないのに働いてない奴は軽蔑するっス」

 

滝間はピクついた。
こいつら俺のことを知っているのか?いや、俺はこいつらを知らない。
俺が普段着だから当て付けているのか?いや、平日が休みの職業もあるはずだ。
(ふっ、めずらしく俺は何を卑屈になっているんだ)
滝間は席を立つと勘定した。

 

「釣りは結構。店主、客層が落ちたな」
そう言い放って店を出るとコンビニでキャットフードとキャット缶を買い、帰り道から外れると小さな公園を抜け狭い路地に入った。

 

家と家の隙間の塀にマメ助はいた。
「おー、マメ。今日はこんなとこにいたのか」
滝間は袋からキャットフードを1個取り出した。
「他の子はどうした?みんなの分も買ってあるんだけどな」

 

辺りを見回し、落ちているプラスチック皿を拾った。
この周辺で暮らしている猫は地域猫で、近くの住民が定期的にエサを与えている。
コン コン
滝間は皿を地面に打ち付け、付着していたゴミを叩き落としたが、しばらく皿を見つめると立ち上がって公園へ引き返した。

 

水飲み場の蛇口を捻り、丁寧に皿を濯ぐと、ハンカチを取り出し念入りに拭く。
後ろを振り返るとマメ助も付いてきていた。
キャットフードと缶詰を2対1の割合にし、「どうぞ」と差し出す。

 

「マメ、みんなはパトロールか。お前はお留守番か」
滝間はマメ助の頭を一通り撫でると、他の猫たちの分の皿を探しに行き、マメ助の周りに同じようにエサをセットした。

 

「じゃあ、みんなと仲良くな」
マメ助が「にゃあ」と返事するのを見届けると水道の蛇口を捻り、携帯用のハンドソープで念入りに手を洗った。

 

マンションに帰り着き、エレベーターに乗り込むと12階のボタンを押す。
新調したリクライニングチェアに揺られながら、クラシックのボレロを聴いている己を想像する。
(夕方は録画を貯め置きしていたアメフトのチャンピオンズリーグに身を任せてみるか)
ざっとそんなところを頭の中に描いていると、あっという間に12階まで着く。

 

エレベーターを降りると、自分の部屋のドアの前に短いスカートを穿いたカオリが立っていた。

 

「滝間さん、ごきげんよう。お昼の御裾分けはいかがかなと思いまして」

 

滝間には、カオリが得体の知れない未確認生物のように見えた。お節介にも程がある。

 

「いや先程食事は済みましてね。成田さん、どうかお気を使わないでください。これからも」

 

するとカオリは項垂れ、持っていた料理に悲しい顔を向けた。

 

「すみません。迷惑ですよね」

 

「いや、迷惑とまでは言わないけど・・・」
滝間は本音と建前くらいは使うことができる。

 

しかしカオリはそこを逃さなかった。
「そうですか?じゃあ、夕方だけにしますから明日も伺います」
「もしよかったらお酢を使った巻きずしですので、夕方の御摘みにでも」
そう言って捲し立て、料理を半ば強引に滝間に渡すと足早に立ち去っていった。

 

それからカオリは毎日のように滝間の玄関先に顔を出すようになった。
しかもスカートの丈はより一層短くなり、今ではスコートと見紛うほどの足の露出には目のやりどころに困るばかりだ。
滝間は顎を触る。
(俺に気があるのだろうか。成田カオリと言った。多分ミスか、離婚経験のある独身者なのだろう)
それにしても誘惑と取れるべき色気に、滝間は吐き気を覚えつつも、可愛げがあると思えた。
(あの上目遣いがマメ助と似ているな)
滝間はフっと微笑んだ。

 

 

カオリの夫、成田は部下を叱りつけていた。
「お前、こんな営業成績でこの先会社に居れると思ったら大間違いだぞ!」
不動産売買と、自社建築したアパートのオーナー探し(販売)の兼任部長をしている滝間は、普段通り声を荒げる。
「ジジ、ババを騙してでも売って来い!」

 

このご時世、十数億もするアパートを売るのは至難の業である。
しかしこの成田。学生の頃から金の執着が強く、喧嘩は弱いが、たかられると相手が何人いようが暴れ出すという特技を持っていた。

 

アパートのオーナー探しはインセンティブが高く、自分の給料が10倍20倍と膨れ上がるので、若かりし頃の成田には打って付けの仕事で、営業成績は毎回トップ。社長も一目置く人物となっていた。

 

「仮にオーナーになってもらえないヤツがいたとする。そしたら他でイチャモン付けろ。
ここまで説明させたご足労代っつってな。何の名目でもいいから金を払わせろ!
その為にはしつこく、何度も何度でも足を運べ!」

 

上の立場になり、部下の成績が自分の給料に反映するようになってからは、休日はきっちり取れるようになった。
午前中、カオリが昼の買い物に出かけると、新聞を読んでいた成田はおもむろにテーブル席を立った。
そして廊下へ出ると、滅多に入ることのないカオリの部屋のドアノブを回した。
鍵は掛かっておらず扉が開いた。

 

成田の目的はカオリのベッドの匂いを嗅ぐことだった。
丸2年ご無沙汰ということもあり、あの頃の情熱を思い出したかった。

 

電気を点けると、シンプルに配置された家具が映し出され、仄かにカオリ特有の良い匂いが漂ってきた。
しかし整頓好きな彼女にはめずらしく、ベッドの上は洋服が数着投げ出されていた。

 

服を手に取り、目の前に広げる。
成田は不思議に思った。
(これは、付き合い始めた頃の服じゃないか)
究極に短いミニスカートが印象的で覚えていた。
懐かしい。
(でも今頃、どうしてここに?)

 

 

 
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